2020年4月4日
「日本の政治にがっかり」。気候変動を止めるため、いま必要なアクションは?
昨年から今年にかけて、日本では大型台風が猛威をふるい、オーストラリアでは山火事、南極で18.3℃の気温を記録……。かつて地球温暖化と言われていた問題は、いまや気候変動から気候危機という表現に変わるほど深刻になってきている。
スウェーデン出身の17歳の活動家、グレタ・トゥーンベリさんに共感し、昨年9月には161カ国約400万人が気候変動解決の政策を求めるデモに参加するなど、世界の関心は高まっている。
一方、日本政府は3月30日、2030年までの国内の温室効果ガス排出削減目標を、排出量が多かった2013年度比26%減に据え置くことを決定。気候変動対策の具体的行動には、及び腰だ。
昨年の参院選時、「日本のどの政党に対してもがっかりした」と話すのは、公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)の山岸尚之さん。地球温暖化・気候変動問題に取り組み続け、国際会議にも足繁く通っている。気候変動は、社会にどのような影響をもたらすのか。そして、この地球規模の問題に対して、政治は、市民は何ができるのか、話を聞いた。
天気が変わる、どころじゃない。地球環境をまるごと変える「気候変動」
──世界中で気候変動が大きな問題と捉えられているのはどうしてですか。
温暖化とか気候変動とか言うと、「天気が変わるのかな」程度に思う人もいるかもしれません。しかし、地球の平均気温が変わるということは、自然環境の全てが変わってしまうくらいのインパクトをもたらすのです。人類はもちろん、全ての生物が影響を受ける。地球上に逃げ場がない、巨大な問題なんです。
危険なのは、その進行の速さです。現在の平均気温は、いわゆる氷河期と比べて4℃から5℃くらいしか違わないのですが、その変化は約1万5,000年のスパンで起こっています。問題は、同じくらいの気温上昇を、たった100年で起こそうとしていることです。地球にとっては急激に大きな変化が起きることになるので、ついていけない生物や人間に甚大な被害が起きるんです。
──気候変動の原因は人間の活動によるCO2と見て間違いないのですか。
科学の世界で絶対というものはないのですが、主流派の科学者たちのほとんどが気候変動の原因は人間の活動によるCO2が原因であると断言しています。
温暖化懐疑論を主張する人たちもいますが、それが真摯な科学的検討に基づくものなのか、それとも科学の主流と違うことを言って自分の立ち位置を得ようとしている行為なのかを峻別して考えることが必要です。もし本当に覆したいのであれば、議論の場はメディアやSNSではなく、科学論文の場であるべきではないでしょうか。
画期的な「パリ協定」。COP25の現地で感じた世界と日本の温度差
──気候変動に対する国際的な枠組みとして2015年に「パリ協定」が採択されました。パリ協定はこれまでの枠組みとどう違うのですか。
パリ協定は「自分のことを自分で改善していく仕組み」を持っているところが画期的だと思います。まず、国ごとに温室効果ガス削減の目標を立てさせる。そして、その目標を達成するために国内対策を取ることも義務付けられています。
さらに、5年ごとにそれぞれの国自身で目標を見直す仕組みになっています。見直しの際にはある原則があります。それは、前よりも必ず前進した目標を立てること。つまり、パリ協定の中にいる限り、5年ごとに前進しないといけないんです。これが、「自分で自分を改善する仕組み」です。パリ協定の発効が2015年なので、その5年後の2020年、つまり今年が初めて目標を見直す年になります。
──パリ協定では目標の達成が義務付けられているということですが、守れなかったときに罰則はあるのですか。
国際社会における協定や条約には、強制力を持つ罰則というものは基本的にありません。世界政府は存在しないので、守らなかった国を罰することはできないんですね。ただし、パリ協定は「透明性枠組み」という、取り組みをお互いに報告し合う仕組みをつくろうとしています。お互いに報告させ合うことで、間接的に圧力をかけていく仕組みです。
──山岸さんはパリ協定の2回目の締約国会合となった昨年12月のCOP25(国連気候変動枠組条約第25回締約国会議)に参加されましたが、そのときにどんなことを感じましたか。
日本のメディアでは「市場メカニズムと呼ばれるもののルールを決めるべき会議だったのに、失敗した」という報道がほとんだったかと思います。しかし、それよりも大事なのは、野心的な削減目標をCOPとして打ち出せなかったというところなんです。
I am disappointed with the results of #COP25.
— António Guterres (@antonioguterres) December 15, 2019
The international community lost an important opportunity to show increased ambition on mitigation, adaptation & finance to tackle the climate crisis.
But we must not give up, and I will not give up.
昨年は世界的に気候変動が大きくクローズアップされ、若者たちが声を上げ始めた年でもありました。こうしたうねりを受け止める場としてCOP25が注目を集めていたんですね。
もともと、COP25は市場メカニズムのルールを決めるというテクニカルな議題について話し合う場になるはずでした。市場メカニズムというのは、2カ国以上の国が協力して温室効果ガスの排出削減対策を実施した際、その削減分を国際的に取引する仕組みのことです。
ところが会議が始まってみると、気候危機に対する世界的な関心の高まりがすさまじく、単に市場メカニズムのルールができれば済むという話ではないというムードが大きくなっていきました。
初めて目標を見直す2020年を目前に開かれた会議ですから、COPとしてどれだけ野心的なメッセージを出せるか、というせめぎ合いが各国間でありました。世界の流れを読んでチャレンジングな目標を掲げようとする国々と、国内の産業などに配慮して後ろ向きな姿勢の国々とのせめぎ合いですね。
結局はその折り合いがつかず、COPとしてメッセージを打ち出せないまま終わったのですが、日本はそうした議論の場でも積極的に発言をしていませんでした。そうしたところに、気候変動に対する世界と日本の温度差を痛感しましたね。
日本の気候変動対策を足踏みさせる、ネガティブなエネルギー
──3月30日、政府はパリ協定での国内の温室効果ガスの排出削減目標を、現行どおり、排出量が多かった2013年度比26%減に据え置くことを決めました。この目標についてはどう思われますか。
不十分だと思います。パリ協定の目標から考えると、1990年度比で45~50%くらいの削減率にするべきです(※)。
日本の削減目標を低くしている原因が、エネルギー政策です。まず、石炭。CO2排出量が最も多い石炭を残しておきたいという思惑があります。そして、原子力。これまで原子力に頼り過ぎていたことの裏返しとして、再生可能エネルギーがあまりにも軽視され過ぎてきました。
そして、省エネに対する努力も1990年代以降、進んでいません。それまで日本は省エネのトップランナーでしたが、バブルが弾けてから設備投資に回すお金が減ったこともあり、省エネ性能を高める設備の導入が進まなくなっているんですね。
※2013年度の温室効果ガス排出量は14億800万トン、1990年度は12億7,000万トン
──政府が出している「エネルギー基本計画」が影響しているということですね。
日本政府のエネルギー基本計画は、日本らしく業界の意見を取り入れながら、いろんなエネルギー源のバランスをとっていますが、石炭と原子力の存在感が大きすぎることが問題です。
電力においては、一番需要が小さいときでも確実に必要になってくる需要をまかなう、常に使い続けるべき電気を「ベースロード電源」としていますが、いまの日本ではそのベースロード電源に当てられているのが、主に石炭と原子力なんですね。石炭も原子力も、設備を建てるコストは高いけれども、燃料のコストが安い電源なので、優先的に使うと。これらがあまりにも重視されてきた結果、再生可能エネルギーが使いにくい仕組みになってしまっているんです。
──再生可能エネルギーに関しては、コストが低下すれば市場原理で普及していくという考えもありますが、政治でできることは何ですか。
電力に関しては、単に市場原理でエネルギー源のバランスを変えるのは限界があります。政策による誘導がないと、大きく状況が変わることはありません。
発電した電気を輸送し、分配するシステムである「系統」の割り当てが政策によって石炭と原子力を優先することになっているので、今のままでは再生可能エネルギーを急激に増やすことができないんですよ。政策を変える、つまりルールを変えないと参入も限られますし、ビジネスとして発展させることができません。
電力の系統割り当てだけでなく、炭素の排出に税金をかけるとか、排出権の取引制度をつくるとか、エネルギーの転換に経済合理性を持たせるしくみは、政策によってつくられます。政治にできることは大きいんです。
世界に比べて、日本の若者は気候変動に関心がない?
──昨年からグレタ・トゥーンベリさんなど、欧米で若者たちが気候変動に対して積極的に行動し始めています。一方、日本ではそれほど盛り上がっていませんね。
それは大人たちの問題ですね。私が「おおっ!」と思ったのは、グレタさんが学校ストライキをしたことに対して、彼女が住むスウェーデンの教育相が「素晴らしいことです」と言ったことです。日本で言ったら、文科相にあたる人がそんなことを言うんですよ。
社会的に大事な問題に対して自分たちで立ち上がって意見を言うことは素晴らしいことなんだ、と応援する姿勢が、日本の大人たちにはないですよね。揚げ足取りみたいな反応しかできない大人たちに囲まれていたら、若者たちが立ち上がろうにも立ち上がれないわけです。自分たちがつくっている空気を見直さなければいけないと、私も含めて思いますね。
──若者のアクションの他に、山岸さんが注目している動きはありますか。
アメリカで、“We Are Still In”というムーブメントがあります。2017年にトランプ大統領がアメリカのパリ協定離脱を表明しました。その4日後には自治体の首長や企業の人たち、教育機関の人たちが1,000人近く集結して、「それでも私たちはパリ協定に残る」という意味で、“We Are Still In”という強いメッセージを打ち出したんです。
この運動は今や約3,800もの団体が参加し、アメリカ経済の半分以上をカバーする大きなうねりになっています。
こうした運動を日本でもできないかと立ち上げたのが、「気候変動イニシアティブ(Japan Climate Initiative)」です。大手の企業や自治体、珍しいところだと宗教法人の東本願寺(真宗大谷派)さんなどに参加していただいて、「私たちは気候変動対策のための脱炭素化の最前線に立ちます」という宣言にサインアップしてもらう運動です。
いま参加している団体は450を超えています。1月下旬には日本政府に向けて、2020年に代わり映えのしない目標を提出するなんて危機感が足りないという緊急声明を出しました。
政府だけでなく、企業や自治体、宗教団体や学術機関が声を上げて、「私たちもパリ協定を支えていくプレイヤーなんだ! 私たちの声も聞きなさい!」という運動が、日本でも誕生しつつあるんです。
──企業や自治体が気候変動に対して真剣に取り組み始めているモチベーションは何ですか。
企業が取り組みを始めているのには2つの理由があります。まず、気候変動がサプライチェーンや生産など、ビジネスの現場に悪影響を及ぼし始めていること。そして、気候変動に対応して体制が変わることが新たなビジネスにつながると考える人が出てきていることです。
自治体の取り組みにも、2つの理由があります。まず、気候変動の影響が災害という形で自治体の中で発生し始めていること。そして、気候変動やSDGsといった課題に積極的に向き合う自治体が、将来性のある企業や若い人に選ばれるようになってきていることがあります。
「コツコツCO2削減」よりもはるかに大きな力を持つ、一人ひとりの声
──気候変動を食い止めるために、私たちにできることを教えていただけますか。
CO2の削減で身近にできることは、いわゆる省エネですよね。車の利用を控えて公共交通機関を利用するとか、節電をするとか。要するに光熱費が浮くことであればだいたい正解ということになります。暮らしの上ではまずそういう行動がありますが、ぜひ覚えておいていただきたいのは、日本全体のCO2排出についてです。
日本の一般家庭からの年間のCO2排出量は、1世帯あたりだいたい平均5トンです。一方、大企業の排出量は数千万トンレベル。個人の努力も大事ですが、数千万、あるいは数百万トン排出している企業、そこにがんばってもらわないことには気候変動は絶対に解決できない。そのためには、政治を通して、政策として取り組んでもらうことが一番の近道です。選挙のときには、気候変動対策に取り組んでくれそうな人を応援してください。
──気候変動対策について、山岸さんは今の政治をどうみていますか。
昨年7月の参院選のとき、私はかなりガックリきました。ほとんどの政党が、気候変動のことを語っていなったからです。政党や政治家の皆さんには、気候変動に対して明確なポジションを持ってほしいですね。目指すのは、産業革命以前と比べて1.5℃の気温上昇に抑えられた世界なのか、3℃上昇を超える世界なのか。
いまや気候変動に関係のない分野はありません。たとえば、第一次産業が盛んな地域であれば、確実に気候変動の影響を受けているはずです。昨年のような台風や大雨がきたときに、自分たちの街は守れるんですか、ちゃんとCO2を減らす政策は考えていますかと、有権者として政党や政治家に問いかけてほしいですね。
一人の選択そのものは大きな力を持ちませんが、まとまった動きとなると、政治家は無視できなくなります。自分たちには大きな力があるのだということを、皆さんには自覚していただきたいなと思います。
山岸尚之 NAOYUKI YAMAGISHI
1978年生まれ。公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWF)・気候変動・エネルギーグループ長。2001年立命館大学国際関係学部卒業。米ボストン大学大学院にて、国際関係論・環境政策の修士プログラムに入学、2003年に同修士号を取得。卒業後、WWFジャパンの気候変動担当オフィサーとして、政策提言・キャンペーン活動に携わるほか、国連気候変動会議に15年間参加し、国際的な提言活動を担当。