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2019年11月8日

そもそも「コミュニケーション」って何?英語民間試験導入延期その先

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2021年度大学入試(2021年1月実施)から予定されていた、英語民間試験の導入が11月1日、延期された。現場の教員や高校生による街頭での抗議活動、SNS上での発信、緊急シンポジウム、保護者による署名など反対の声が強まっていたためだ。現在開会中の臨時国会で、野党はこの制度の延期を求める法案を提出していた。

予定されていた制度は、2021 年度入試から、大学受験生は現在の「大学入試センター試験」に代わる「大学入学共通テスト」の英語科目に加え、前年の2020年に民間試験を受けることが求められる、というもの。読む・聞く・書く・話すの4技能をはかるためだ。7種類の試験から志望校が選んだ民間試験を、受験年度前年の4月から12月までの間に受け、2回までのスコアが、各大学に送られる仕組みだった。

採点体制の不透明さ、経済力や地域による格差が生じるなど、国が行う入試に備わっているべき公平性、公正性を保てない可能性があった、民間試験の導入。延期は決まったが、制度の改善の具体策はまだ見えない。そもそもどういった背景があって始まったものだったのか。問題点は何だったのか。長年にわたり英語教育に警鐘を鳴らしてきた、立教大学の鳥飼玖美子名誉教授に聞いた。


不透明な採点体制に広がる不安

——大学受験生たちの不満・不安を引き起こした民間試験導入ですが、その問題点は何だったのでしょうか。

ひとことで言えば、制度設計に構造的な欠陥があります。すでに各大学でのAO入試や推薦入試では英語の民間試験のスコアが使われていますが、国が実施し、50万人もが受けるテストに使うなら、公平・公正を担保するための入念な制度設計が必要です。でも、そこを軽く考えていたのでは。

最も大きな問題は、公正な採点体制ができているのか、不透明な部分が大きいことです。これほどひどいことはないです。受験生は一生懸命勉強する気力を失いますよね。特にスピーキングは、誰がどういう基準で採点するのか見えにくい。英国系の民間試験は、教授クラスを面接して選ぶなどと公表していますが、他の事業者の中には、採点は海外で行うとしながら、採点者の資格や採点場所をあいまいにしているところもあります。これでは公正な試験とは言えません。

採点の体制だけでなく、基準も不透明でした。文法の正確さなのか、発音の巧拙なのか、よどみなく発話できればいいのか。基準によって評価はまったく変わってしまいます。

それなのにいくつかの国立大学は民間試験の結果を、出願要件にしていた。採点が公正でない可能性をはらみながら、足切りに使っていいのか。もっと時間をかけて制度をつくるべきだったと思います。

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経済力、居住地で生まれる教育格差

——「格差」も大きな問題ですね。

民間試験は回数を重ねれば慣れてきてスコアは上がるので、受験生はできたら何度も受けて練習したいでしょうが、受験料は高いもので2万5,000円ほど、もっとも安くても6,000円近くかかります。民間試験は共通テストとの併用ですから、これまで以上に経済的負担が増えてしまう。裕福な家庭では民間試験を何度も受け、対策講座にも通ってスコアを上げられますが、余裕のない家庭ではそれができません。

地域格差も深刻です。全国に試験会場がまんべんなく用意されるわけではないので、地域によっては遠方まで出かけて受験しなければならず、宿泊費や交通費がかかります。

障がいのある受験生それぞれに対して、これまでのセンター試験ではかなりきめ細かく対応してきましたが、民間事業者は、採算を考えれば、そこまではできないでしょう。特にスピーキングでは、障害者手帳を持っていなくても、吃音がある、あがり症など、不利になる受験生はいます。多様な障がいにどうやって対応するのか。

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トラブル対応、対策本販売――公正性への疑問は尽きない

——公正性をめぐっては、他にも課題がたくさんありますね。

出題や採点のミス、機器トラブルへの対応も不安要因です。これまで各大学がやってきたように、万が一トラブルが起きた場合は直ちに対応策を公表するなどの丁寧な対応ができるか、不透明です。でも文科省はトラブルの責任を負わず、「事業者に対応をお願いしている」というスタンスです。

民間試験事業者の中には、対策本を作って学校現場に営業をしていますが、それは「利益相反」にならないのでしょうか。たとえ社内で担当部署が違っても、試験を実施する事業者が対策本を売るのは、道義的な問題はあるでしょう。文科省は、教科書会社と中高教員との関係に厳しい一方で、英語の民間試験事業者が教育現場に入り込んでいるのを黙認していて、ダブルスタンダードです。

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——民間試験導入によって高校の英語授業が対策講座と化し、本来あるべき公教育がゆがめられてしまう、との指摘もあります。

民間試験導入という話が出てからここ数年、保護者や生徒からは「高校の授業で民間試験対策をしてほしい」という要望に拍車がかかっています。民間試験対策に追われ、授業をつぶしてまで模擬試験を受けさせることも実際にあるようで、高校教育の崩壊につながりかねません。

共通テストの実施を止めようという緊急シンポジウムに来ていた教員志望の高校生は、「先生たちが授業をどんどん民間試験対策に切り替えている、自分が教員になって、こんな授業をするのなら、もう教員にはなりたくない」と発言していました。

——英語の授業以外の高校生活全般にも、影響が出る可能性があると聞きます。

現役生は高校3年生の4月から12月に受けた試験の結果を入試に使います。でも高校3年生の前半は、部活の最後の大会や行事が多い時期ですよね。そんな時に民間試験がある。高校2年生も、民間試験に慣れておくために対策しなきゃと時間を取られ、肝心の勉強に影響が出ます。

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民間試験導入は、30年間の英語教育改革の帰結

——そもそも、なぜ英語の民間試験が大学入試に導入が議論されているのですか?

4技能(読む、聞く、書く、話す)を測り、向上させるのが政府の目的です。これまでのセンター試験は読む・聞くの2技能だったので、すでにある民間試験を使うことになったのです。

ただ、最近になって唐突に「話す力」が重視されるようになったわけではありません。文法訳読中心の英語教育のせいで日本人は英語ができないのだとなり、1989年の学習指導要領改訂以降、英語教育は「コミュニケーションのため」と位置づけられました。そしてコミュニケーション=会話、話す力、という認識のもと、次々と改革が実施されてきました。

改革を後押ししてきたのは、「英語を話せるようになりたい」という世論と、大学卒業と同時に即戦力となる英語を身に付けていて欲しいという、バブル崩壊後の経済界からの要請です。バブルの頃は、企業が留学や研修を行っていたのですが、そんな余裕はなくなったのでしょう。

平成の30年間、高校で「オーラル・コミュニケーション」科目を設けたり、ネイティブ・スピーカーに触れさせようとALT(Assistant Language Teacher)を入れたり。最近では、小学校からやるっきゃない、と英語教育を早期化しました。2020年度から、小学校5、6年生は検定教科書を使い、成績評価もある「教科」として英語を学ぶようになります。

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——これまでの改革は成果をあげてきたのでしょうか?

日本の中高生の英語力は上がっていないので、改革が成功したとは言えません。政府は2017年度中の達成目標を、中3で「英検3級以上」、高3で「英検準2級以上」の割合を「50%」としていましたが、17年度の文科省「英語教育実施状況調査」(2018年4月発表)によると、達成率は中3が40.7%、高3が39.3%と、目標に届きませんでした。教育現場の声を聞いていても、大学で中高レベルの文法補習を設けるなど、特に読み・書きの能力が落ちていると感じます。


導入延期し、「コミュニケーション」の内実検討を

——なぜ成果が出なかったのでしょうか?

「コミュニケーション」とはどういうものか、きちんと議論して詰めてこなかったからだと考えています。「コミュニケーション」は、定型表現や単語をマニュアル的に覚えればいいものではないし、テストで測れるものでもない。日本はすでに言語や文化が多様化した社会です。そこで求められるのは、異質な他者を理解しようとする姿勢―異文化能力です。

さらに自分の考えをきちんと伝えるには、文章を組み立てる文法知識や語彙、読解力、書く力が基盤になってのコミュニケーション能力が必要です。4技能を着実に育てるならば、高校までの読み・書きの力を土台に、高校卒業後に大学や社会で時間をかけて「話す力」をつけるべきだと思います。

——そのために必要な対策は何でしょうか?

外国語を学ぶのに最適なのは中学生のころです。認知能力が発達して自分の母語と比較して分析的に他言語を学習することができるし、記憶力も抜群です。この時期の外国語教育に、集中的に予算を投入してほしい。少人数クラスで学習できるよう、教員の質と数を確保できたら、成果は上がると思います。民間試験対策ではない、コミュニケーションとしての英語教育を実現するために、中高の先生たちが、授業をより良くするため研究できる時間的余裕が必要です。

今回、ひとまず民間試験導入が延期になりました。立ち止まって見直すべきだとずっと言われ続けていたのに小手先の対応で、ここまでの混乱に至りました。今後は、与野党という立場を超えて国会でぜひ、この制度を抜本的に見直していただきたい。次世代を育てる教育の課題として、長期的視野に立って、大学入試で英語の何をどう測るのか、そもそも「コミュニケーション」とは何なのか、議論を尽くすことで、英語教育を考え直す機会となることを願っています。

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鳥飼玖美子 KUMIKO TORIKAI

東京都生まれ。立教大学名誉教授。専門は言語コミュニケーション論、英語教育学、通訳翻訳学。上智大学外国語学部卒、コロンビア大学大学院修士課程修了、サウサンプトン大学大学院博士課程修了。NHK「世界へ発信! SNS 英語術」テレビ講師を務める。著書は『英語教育論争から考える』(みすず書房、2014年)、『英語教育の危機』(2018年、ちくま新書)など多数。