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バンドマンでキャンパーで僧侶——「国会議員らしくない国会議員」、永田町に現る

2018年11月23日

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もし現在の日本の国会議員の中で「もっとも国会議員らしくない国会議員」を選ぶとしたら彼だろう。立憲民主党の新人議員、堀越けいにん。彼は家族5人で暮らす群馬の自宅で、お気に入りのアウトドア・ブランドに身を包んだリラックスした雰囲気で迎えてくれた。

「国会議員には見えないって言われません?」と質問すると、苦笑いしつつも「でもそれって変じゃないですか?」と逆に質問を返される。「たしかに僕はどこにでもいるような普通の兄ちゃん。でも、みんなが“普通のひと”だって感じるやつが永田町だと珍しいっていうのはつまり、日本の国会がどれだけ国民から離れちゃってるかってことだと思う」。

堀越は現在38歳。去年の10月に国会議員になるまでは、実家の群馬の寺で僧侶職に就きながら、大学時代の怪我をきっかけに、リハビリを支援する作業療法士としても12年働いていた。プライベートではバンドマン、そして熱烈なキャンプ好きでもある。

2015年の安保法制に関する違和感から政治活動を始めた彼は、平和を守りたいと願う市民として、3人の娘を育てる父として、現場で福祉支援に携わってきた作業療法士として、そのままの自然体で政治に挑戦している。群馬県佐波郡玉村町の自宅で、彼の政治にかける想いを聞いた。

寺の息子であることに悩み、パンク・ミュージックにハマった青春時代

──まず自己紹介と、生い立ちを教えてください。

立憲民主党の新人議員の堀越けいにんです。群馬県下仁田町に、寺の長男として生まれました。小学校に上がる前から「お前は大学で勉強して、寺の住職になるんだ」と言われて生活していました。

その時点ではそれがどういうことなのかよくわかっていなくて自然に受け入れていたんですが、思春期になってやりたいこともでてくると、住職になるというのが嫌で嫌でしょうがなくて。こんなの人権侵害だろ、と思っていました(笑)

とはいっても、うちの寺には檀家さんたちがいて、その人たちの想いを受け止める大事な仕事なんだな、と感じるようになりました。その後大学で仏教を本格的に学び、住職になるという道もありだなとも考え始めました。

しかし、過疎の町なのでそれだけでは食べていけない。大学卒業後、専門学校に入って作業療法士の資格をとり、12年間働きました。

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──どんな学生時代でしたか?

中学校はハンドボール部でそれなりに一生懸命だった。あと本を読むのも好きで、心理学の本なんか読んでいたりしましたね。高校に入ってからは硬式テニスを軽くやりつつ、スキーにハマりました。地元の下仁田町は軽井沢まで車で30分なんですよ。今でも登山やキャンプが大好きなのも、やっぱり群馬という自然豊かな環境で育った影響が大きい気がします。

──バンド活動もしていると聞きました。

音楽も大好きです。中学校からバンドを組んでギターを弾き始め、今でも続けています。当時流行していたメロコアやスカコアと言われるジャンルですね。国内だとPOTSHOTやKEMURI、海外だとグリーン・デイが好きでした。

20代になってからはラップやレゲエにもハマって。鎮座DOPENESSというラッパーの、独特のリラックスしたラップに惹かれました。メジャー・アーティストだと、RHYMESTERは、“CHOIS IS YOURS”という曲など、社会や政治に対するアティチュードがすごくかっこいいなって感じます。

グリーン・デイにも「マイノリティ」っていう曲があったり、そういう意味ではジャンルは違っても、たとえ逆境でもポジティブであろうとする姿勢に惹かれます。

お気に入りのラッパーである鎮座DOPENESS。フリースタイル・ラッパーとしても有名。

作業療法士時代には「自分らしさ」の重要性を教えられた

──作業療法士になろうと思ったきっかけは何だったんですか?

大学は東京にある、お坊さんになるための登竜門的な大学だったんですが、そこで事故に遭ったんです。交通事故で膝を骨折し、手術を受けた後も膝が曲がらなくて、僧侶として修行するために必要な正座もできない状態だった。でも、理学療法士の方々にサポートしてもらいながらリハビリをするうちに、正座ができる状態にまで回復しました。それがリハビリの仕事に興味を持ち始めた出発点です。

実際に自分が怪我をしてみて初めて、本当に一気に日常が変わってしまうということを実感しました。みんな怪我や病気になると学校にいけなくなったり働けなくなったりする。そんな人たちが再び日常生活に戻る手助けをしたいと思ったんです。

もう一つは、自分のおばあちゃんが脳卒中で倒れたときに、お世話をしてあげられなかったという後悔もあって。人が本当に困っている時にサポートでできる仕事だということが、大きなモチベーションになりました。

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──作業療法士時代に印象的だったエピソードはありますか?

一番印象的だったのは、あるプロのドラマーさんが半身不随で入院してきた時のことです。彼の半身は重度に麻痺してしまっていて、ほぼ動かせない状態でした。その状態でプロのミュージシャンとして生きていくのはもちろん不可能です。普通だったら手足を失ったら打ちひしがれるはずです。

しかし、驚いたことに、本人はすぐ音楽やりたいと言ってリハビリを始めたんです。その姿をみていて気づかされてことは、彼にとってのゴールは、事故前の自分に戻ることじゃないってことでした。彼が言っていたのは、「自分らしくいるために、たとえ片手片足でもドラムを叩き続けたい」と。そのとき、これこそがリハビリの本質だって気づいたんです。

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──詳しく聞かせてください。

リハビリの語源は、英語の”Rehabilitate”で、Re(再び)habilitate(獲得する)という意味です。なにを獲得するかというと、「その人らしさ」なんだということ。事故に遭って人生が変わってしまって、これまで通りの生活ができなくても、「その人らしさ」を失わないこと、自分らしさを取り戻すこと。それが本当のリハビリなんです。自分の仕事の意味を、逆に患者さんから教えてもらった気がしました。

──その頃から政治に関心は持っていましたか?

そうですね。やはり福祉の現場で働いていると、政治の問題にも関心を持たざるをえないんです。誰でもいつどこで怪我をしたり病気になったりするかわからない。でも、お金がないと医療やリハビリを受けられない。だから介護保険、医療保険がしっかりしていることが大事です。

現場で働いていて、お金の問題で十分なサポートを受けられなかったり、こちらも支援体制もうまく構築できなかったりして悔しい想いをしたこともありました。現場で働いている人は多かれ少なかれ、みんなそういう経験があると思います。ニュースなんかを見ていても、「日本の政府のお金の使い方っておかしいんじゃない?」という疑問を抱くようになりました。

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自宅のリビングでインタビューを収録していると、後ろでは子どもたちがピアノを弾いて遊び始めた。

周囲に背中を押されて政治の道へ

──直接政治に関わり始めたきっかけは?

直接のきっかけは、2015年の安保関連法案の強行採決です。本当に必要な予算を社会保障に当ててもらいたいのに、このままでは防衛費だけがどんどん増大して、しかも自衛隊は海外で武力行使が可能になってしまう。そうなると益々「その人らしさ」なんてなおざりにされて、女性、子ども、障がい者や差別に苦しむ人が簡単に置き去りにされる状況にあるんじゃないかと危機感を持ちました。いてもたってもいられなくて、高崎駅で仲間数人に声をかけて、デモをやったんです。「我慢できないから、一人でもデモやろうと思う。時間があれば来てくれ。」と声をかけて(笑)

──周囲の反応はどうでしたか?

声をかけたらミュージシャン仲間も来てくれるようになって。そのうち「がんばれ」「そうだ」と言ってくれる人も出てきて、嬉しかったですね。この経験から、「みんな黙っているけど同じことを感じている人がいるんだ」と思い始めました。それから野党の統一候補の擁立にむけて市民ネットワークをつくりました。でも、なかなか見つからず、僕の知らぬ間にいつのまにかネットワーク内で「もう堀越しかいない」という話になっていたらしく(笑)。

相当悩んだのですが、とうとう腹を決めて。結果的に短い期間で野党の票をまとめ、そこに3万票ほどを上乗せすることができたんですが、力及ばず。やっぱり悔しかったです。

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堀越家で飼われている猫の“梅”、一歳。母猫から育児放棄され路上で死にかけているところを娘さんが拾ってきた。最初はどこか他に里親を探すつもりだったが、愛情が湧いて飼うことになったのだという。

──立憲民主党の結党のときはどうでしたか?

仕事、子育て、市民活動をしながら政治活動するのは相当大変だったし、その結果が安保法制を容認しているように思える政党への合流だったので、国会議員になるのはスッパリ諦めようとしていたんです。だから、立憲民主党という政党ができて、代表として枝野さんが立った時は、鳥肌が立つくらいカッコいいと思いました。候補者にならないかとの電話が来たのは10月8日。実は、その日は僕と妻の結婚記念日なんです。ちょうどバスで空港に向かおうとしているところで、「ええぇ?」となりました(笑)

作業療法士として仕事をしていたので急に辞めるわけにもいかないし、お金もないし…などいろいろ話をしたんですが、旅行中また連絡があって、決意しました。そこで沖縄から帰りの便をすぐに手配して、結婚記念日なのに結局一人で帰ってきました。妻は怒るというよりは呆れていましたね(笑)

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政治家として大切にしている3つのアイデンティティ

──堀越さんが政治を通じて取り組みたい課題を教えてください。

僕には3つのアイデンティティがあります。まずは三人の子どもを育てる一人の父親としての自分。ふたつ目が作業療法士としての自分。みっつ目が僧侶としての自分です。それぞれの立場から関心を持っている政策分野があります。

──それぞれ具体的に教えていただけますか?

まずはひとつめ、父親として力を入れたいのがやはり教育です。いま気になるのは、子どもたちの読解力や国語力が落ちていると言われることです。国語は教科に関係なく学力の基礎ですから。貧困によって教育格差が拡がっていることも気になりますが、これはそもそも日本の教育が抱える本質的な問題じゃないかと思っています。

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──本質的な問題というのは?

やっぱり「試験のためだけの教育」なんじゃないかなと。最近では、進学塾などでは受験のテクニックとして、現代文の問題でも「本文を読まなくてよい」「設問に関わるものだけを本文中から見つければいい」と教えているところもあるんです。確かにそれは受験テクニックとしては正しくて、点数上はそれで良い点が取れるかもしれない。しかしそれでは本質的な理解力や物事を多面的に考える力は育たない。そうした力は民主主義の基礎ですから、深刻な問題だと思います。

──必要な施策はどんなものでしょうか?

まずは教育に予算をきちんとつけ、教員の側の人材育成もしっかりやること。そのうえで、子どもの思考力を育てる教育をしないといけないと思います。僕がいま注目しているのは、「イエナ・プラン」という授業スタイルです。オランダやドイツで普及し始めているやり方で、異年齢教育といって、いろんな学年の子ども達が集まり、政治について議論したりもするんです。

教育というのは、教育する大人側の方が問われるんです。どんな社会にしたいのか、どんな未来をつくりたいのか、それをみんなで考えていくような教育をするには、僕らこそが拠って立つ価値観を問われている。そういう意味で、イエナ・プランは主権者教育としても面白いと思っています。

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インタビュー後にはスーツに着替え、地元の七夕祭りにあわせて企画された教育関係の集まりへ。真剣な眼差しで現場の話を聞いていた。

──ふたつ目の作業療法士としての意見を聞かせてください。

作業療法士の現場で感じていたのは、やはり福祉という命に直結する分野の予算がどんどん切り詰められていること。人は誰でも、思わぬタイミングで思わぬリスクに直面します。そういう命に関わる分野の支援をきちんとしていくことが、何より社会の活性化につながるんじゃないかと思っています。セイフティ・ネットがしっかりしてなければ、みんな社会を信用しなくなるし、萎縮がひろがると思います。

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無類のアウトドア好きとしても知られている。Instagramのアカウント(@keening22)には国政報告がわりのBBQや、一部で話題になった議員宿舎に泊まる時のテントの写真、子どもたちの描いた絵などがアップされている。

──その意味で、最近気になった動きはありますか?

狭い意味での福祉とは少し違いますが、命に関わる問題としては、水道民営化です。従来は国が運営してきた水道に民間事業者を参入させようとしている。しかし、水道民営化は海外ではすでに失敗例がいくつも報告されている、時代遅れの政策です。水はライフラインで一番重要なものです。企業が水道を運営するということは、国の場合と違い、採算の取れない事業は廃止するということにもなりかねません。そうなると例えば過疎地での水道の整備などが疎かにされる可能性があります。政府は民営化の必要性もきちんと説明できてない。大問題だと思います。

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──では、みっつめの僧侶としての意見は?

僕にとって動物愛護の問題は大きなテーマです。ペットの殺処分などもなくしたい。でももう少し違った角度の問題もあるんです。それは「アニマル・ライツ(動物の権利)」という、主に畜産動物の飼育環境の問題です。この点日本は世界から大きく遅れを取っています。2020年にはオリンピック選手村で扱う食材を「アニマル・ウェルフェア基準にもとづいた食材にする」と決めたんですが、このままだとそこに出せる食材が国内にはないという状況です。これはちゃんと考えないと、国際問題に発展しかねない。

──海外と日本ではどのように違うんですか?

たとえば鶏の屠殺方法について海外ではガイドラインができていて、ガスで気絶させてから屠殺する様になっているんですが、日本では鶏の意識がある状態で首を切っています。当然鶏は暴れるので、うまく血抜きできずに無駄にされてしまう場合もあります。鶏の苦痛を考えても労働者の精神的負担を考えても、日本は早くやり方を変えるべきです。これは他の問題にも共通するんですが、権利の問題を考えることこそが、社会の諸問題をうまく解決していく糸口になってることって多い。権利と効率性をトレード・オフの関係でとらえること自体、古い考え方だと思います。

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自宅近くを流れる利根川。

いい意味で「普通」であることを貫きたい

──立憲パートナーズ制度についてどう考えていますか?

枝野さんが選挙の時に口にした、「立憲民主党はあなたです」という言葉をそのまま体現したような制度なんじゃないかな。でも、立憲民主党に期待してください、というだけじゃなくて、この取り組みを次のステージに進めていくには、もっともっと具体的な取り組みが必要なんじゃないかと思います。政治家と市民の関係は、なにも選挙の時に一票を入れてもらうとか、選挙を手伝ってもらうとか、それだけじゃないはずなんです。そこは、僕ら国会議員、地方議員の方々の地元での活動がとても重要になってくると思います。

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インタビュー中に三線も披露してくれた。よく結婚式で余興をやらされるそう。

──今後群馬で取り組みたいことはありますか?

群馬でも、過疎や人口流出の問題があります。群馬には高崎と前橋という二つの大きな都市があるけど、そこでもいろんなアイデアを持ち寄って、みんなでまちを盛り上げようとしている人たちがたくさんいます。僕もいま興味があるのは地域交流の拠点、世代を超えた居場所づくりです。

地方都市はどこもそうだと思いますが、世代間の交流が少なくなり、他人と他人の距離が少なくなって自助互助、共助の概念が失われてきています。地方の自治という概念をもっと身近に感じられる取り組みが重要かと思いました。

そこで、みんなでどんなまちにしたいかアイデアを出し合って、シェア・スペースやコミュニティづくりに取り組みたいと考えています。シャッター街をどうするかとか、空き家をどうするかとか、課題は多いけど、住民一人一人と、パートナーズというプラットフォームを通じてつながりたいと思っています。

──最後に読者に向けて、特に「政治なんて関係ない」と思っている人たちに向けて何かメッセージをお願いします。

僕は新人議員で、まだまだこれから成長していく必要があります。その過程で、いい意味で「普通」であることを貫きたい。僕の姿をみて、「あいつができるなら俺も、わたしもやってみようかな」って思う人がどんどん増えてくれれば、世の中は絶対に変わると思います。

今抱えている課題を解決することも重要だけど、この先30年、50年後の未来を見据えて、みんなと一緒にアクションができたらいいなと思っています。僕がそのきっかけになれれば嬉しいです。

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堀越啓仁 KEININ HORIKOSHI

1980年群馬県甘楽郡下仁田町生まれ。衆議院議員(1期、比例北関東)、作業療法士、僧侶。大正大学人間学部仏教学科、東京福祉専門学校作業療法士科を卒業した後、群馬県で12年間作業療法士としてリハビリに従事する。2015年に安保法制の成立に疑問を持ち、市民団体「かたつむりの会」を創設。2017年初当選。家族は妻と3人の子ども、そして猫の梅。